ザ・ロンリー

ザ・ロンリー  ポール・ギャリコ 矢川澄子 前沢浩子訳  新潮文庫Imgfd722335stg80c


ギャリコの恋愛小説を読んだ
人を愛することの意味を考えさせる、一生読み続けることのできる素晴らしい本だ。

内容は、第二次大戦末期、婚約者のいるアメリカ空軍少尉ジェリーは、任地のイギリスでパッチズという女の子と知り合った。ジェリーはパッチズと休暇でスコットランドに旅行に行った後別れたが、このまま別れがたく思い勝っての同級生がアメリカに行く便に密かに乗せてもらいアメリカに一時的に帰り、そこで父と母の婚約の解消をすると告げた。しかし父に説得され婚約者にも会わずに帰ってしまう。イギリスに戻り、パッチズを一目見た瞬間2人はもう離れることができない存在だと分かるのだった。

下手な要約は必要ではないと思うし、短い小説だし、愛することを真摯に考える若者のモノローグ小説なので、粗筋は、そんなに重要ではないのかも

戦争の悲惨を目撃し、祖国(ここではジェリーの祖国アメリカ)での快適で平穏な暮らしと戦地での人々の生活との差に悩み、戦場での絶え間ざるストレスのために神経をやられ苦しむジェリー、その姿を理解し暖かく見つめてくれるバッチズ。
バッチズというこの見知らぬ女性とジェリーが、婚約者を振って一緒になろうとするのを止めようとする父母。そして最後には、そのかっての自分の世界を離脱して、バッチズと共に苦難が思いやられるが生き甲斐のある新世界に踏み出そうとするするジェリーの姿。
完結だが、ほぼ完璧な恋愛小説だし、成長小説でもあるね

昨今、日本で流行している恋愛小説は、いわゆるシチュエーション小説なんだね。都合のいい人間関係を切り張りし、恋愛する2人に、都合のいい状況を作りだし、愛する2人がいい条件にいれば愛が燃え上がらせ、陶酔感を誘い出すものが多いよね
この小説はそんなものとは好対照のものだね

この小説では、愛することを描くけど、同時にそれと隣り合わせに存在する孤独について描いている小説なんだね。
かっての親しい人々、婚約者や父母は、ジェリーを愛してしるけど、本当にジェリーが戦場で傷つき、神経を病んだ姿を分かりはしない。
ジェリーが学生生活を共にし、熱烈に愛していると思っていた婚約者との関係について、どうして今の考えと齟齬ができたのかなんかについて真剣に考察されているし、第一次対戦に出征し、そこでフランス娘と恋愛に陥った父の過去の話しと、ジェリーとパッチズとの関係の比較について、ジェリーが考えていることが語られたいる
本当にジェリーは真面目なのだ。
これは戦争に現実に出征し、戦争の現実をみた作者ギャリコの人間性のそのままの反映なんだろうね

こういう本こそ、若者が読むべきなんだろうね。
それが今絶版なんだって
自分は昨日たまたまブックオフで見つけたけど、是非再版して欲しいよね

ここでは、余りに素晴らしい内容だったので、抜き出しもしておこう

・自分がキャサリンを愛していなかったということだって、いまにしてわかったのだ。なぜなら愛への飢えも、哀しみも、愛の力も、またその恐ろしさも、それまで彼はまるで知らなかったのだから、バッチズという存在がなかったなら、2人のあいだで息づくものがなかったなら、いまだに知らずじまいだったかもしらない。

・ありのままの自分になり、ひるむこともうち消すこともせず真実に直面できるようになって、初めて人は大人になるのだ。その真実とは、この世には痛みをともなわない幸せとか挫折感のない勝利とかいったものは存在しないということだ。進んでゆく道には喜びも、うっとりするような美しいものも待ちかまえている。だが背負うべき重荷もまた常にあるのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ハリスおばさんパリへ行く

ハリスおばさんパリへ行く  ポール・ギャリコ  講談社文庫

粗筋は、
ロンドンで家政婦をしていたハリスおばさんは、ある時勤め先の家で、ディオールの服を見た瞬間。その服が欲しくて堪らなくなった。フットボール籤をしたり、ケチケチお金を貯めて。漸くディオールの服を買える金額を貯め、パリに行った。パリのディオールの店で支配人その他、優しい人たちに出会い。ファッションショーを始め夢のような時を味わうことができた。そこで、売れっ子のモデルの恋の手助けもしたりした。
気に入ったディオールの服をロンドンに持って帰ると、顧客の売れない女優が、服がないと悩んでいたので、思い切りよくディオールの服を貸してあげた。すると、その女優は、服をストーブで焦がし、台無しにしてしまっていた。ハリスおあばさんは、泣いて途方に暮れたが、そこにパリのディオールの店の人たちが、花を贈ってくれてた。そこでハリスおばさんは、立ち直り、この服をこのまま修理せず、残しておこうと思ったのだった。

ギャリコの珠玉の小説だね。
働き者で、正直なハリスおばさん
一回読んだら、忘れることの出来ないキャラクターだね。
ハリスおばさんの心の動きは、人生の哀歓、ちょっとした喜びに溢れていて、何とも言えない味わいがあるね

| | コメント (0) | トラックバック (0)

トマシーナ

31352694
トマシーナ  ポール・ギャリコ 山田蘭訳  創元推理文庫 

これは、以前一章づつ要約、感想を書いていた本で、途中で投げ出してしまった本だけど
読了できたので、簡単な感想を書いておこう

粗筋は、マクデューイ氏は、動物に愛情を抱かない獣医だった。ある時、娘のメアリー・ルーの飼い猫のトマシーナが瀕死の病気になっていると分かると簡単に、安楽死させてしまった。そのことで、メアリーは大ショックを受け、父親を父親と思わなくなり、話すこともなくなり、病気になってしまった。
マクデューイ氏は、なんとか以前のメアリーの姿を取り戻そうとしたが、徒労に終わった。町外れに住むローリという女と知り合い、マクデューイ氏は生き方、考えた方が変わった。
メアリーが、生きるか死ぬかの最後のとき、死んだはずのトマシーナが生き返り、メアリーも生き返り、以前の姿に戻ることになった。

「さすらいのジェニー」が、猫の生態を描いた100%猫小説とすれば、これは親子の愛情、葛藤小説だね。
猫そのものを期待して読んだ人は、ちょっと残念に思うかもね

子供だからといって、分からない、大したことはないなんて、考えた迂闊な行動をすれば、子供の愛情、尊敬を即刻失ってしまうということだね
子供に接するのは、それだけ真剣に向きなわなくてはいけないということだね

| | コメント (0) | トラックバック (0)

トマシーナ 7

トマシーナは死んでしまった。メアリー・ルーは悲しみにくれた。そして、友達のヒューイとトマシーナの葬式をしてあげた。メアリーは、トマシーナを最後安楽死の処分を施した父親を赦すことができなかった

| | コメント (0) | トラックバック (0)

トマシーナ 6

朝起きると、トマシーナは動けなくなっっていた。メアリー・ルーはトマシーナにご飯を食べさせようとしたが動かなかった。慌てて、父親の診察室に連れて行った。トマシーナは治らない病気で、メアリーが泣き叫ぶ中、安楽死させられた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

トマシーナ 5

マクデューイ氏は、何件かの外診の後、診察室に戻ると娘のメアリー・ルーがいた。猫が病気とのことだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

トマシーナ 4

トマシーナは律儀にねずみたちを捕らえた。ねずみたちに恐れられる存在だった。マクデューイ氏は娘のメアリー・ルーを溺愛していた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

トマシーナ 3

蛙を診察室に連れて行ったマクナブは、森に入っが、蛙をそのまま離すのには、忍びなく思った。そこで、森の魔女が住んでいる小屋に行った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

トマシーナ 2

トマシーナは、あのジェニーの親戚だった。トマシーナは獣医のマクデューイ氏の子供のメアリー・ルーに飼われていた。

ここでは、トマシーナの紹介

| | コメント (0) | トラックバック (0)

トマシーナ 1

マクデューイ氏が獣医だった。腕の良い獣医で、その地方で信頼されていたが、妻に先立たれて心は石のようになってしまっていた。老婦人が、年取った犬を連れて来て、老い先短い友と言えるその犬に対し、平気で安楽死を宣告したり、子供が足を折ったかわいそうな蛙を連れて来ても、一顧だにしなかった。

ギャリコの「さすらいのジェニー」の姉妹編と呼ばれる小説を読んでいきたいと思います。
出だしは、訳あり人物の登場といったところかな

| | コメント (0) | トラックバック (0)