リアルクローズについて更に考える
この前NHKで放送していた東京カワイイウォーズは、衝撃的な内容だった。
南九州に隠遁しているので、世間はどうなっているのか分からなかったが、世間はここまで来たのかという内容だったね。
でも疑問が湧いてくるんだなあ
かわいければいいのか?
年配の者には、とっかかりがないのだ。
どこをどうすれば理解できるのかが、感覚的なものが全てで、ある意味若者全体の雰囲気で全て決定されている。
これでいいのか
その流れにいれば、ああそうそうというものはあるのかも知れない。
これは萌えという概念に通じるものなのだと思うけど、ちょっとそこを離れると、微妙にずれる。このずれるというところは分かる。
何で、日本人は、こんな微妙な曖昧な感性しているのだろうか
日本の昔の文化も曖昧さ微妙な感性を本にしたものが多いような気がする
昔も今もこんなところは継承されているみたいだ。
ディーラーの大人は敢えてこの流れから距離を置き、その中にいる若者に丸投げしている。
大人たちは賢く商売しているわけだね。
今の若者たちみたいに好きなものは好き、何が何でも好きという態度をとるのは、素晴らしいと思う。
伝統的な価値観、例えば良い大学に行って良い会社に入るというのは、まだ有効であるとは思うけど、
でも、このように自分の好きなものに囲まれて生きるのが一番だというような生き方もこれからますます重要なファクターになっていくのだろうね。
ただ、リアルクローズを理解するより、伝統的なファッションモードを理解する方が分かりやすいのは事実ではないかな
シャネルやエルメス、グッチなどのモードはそれぞれ個性があり、それらの個性を理解した上で好きになって身につけていくというあり方の方が、はっきりとした個性があるだけ分かりやすいのではないかな
これらのものは高価であり若い女性では手を出せないものならば、もっと若者向けのモードもあるし、そういうものを理解して身につける方がいいのではないのかな
かわいいという感性だけでは、なかなか本当の個性は生まれるものではないのじゃないかな。
微妙で曖昧な感性と明確な個性のせめぎ合い。
こういうことの折り合いが上手くつけることができれば、東京が世界のファッションの中心都市になれると思ったりするのだけど
このように自分は考えていたりするのだけど
どうなのかな、
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (2)






















最近のコメント