美しい恋の話 総括

この「美しい恋の話 」というアンソロジーのうち、詩、戯曲、長いものを省いて11編について、記事を書いたけど,本当に恋の話と言いきれるようなものがあったのかな。

恋の周辺の話が多かったような気がするね。ど真ん中の恋の話は、実は小説にすると面白いものではないのだろうね。

自分は、このアンソロジーの中では、「藤十郎の恋」が一番好きだな。「肖像画」は嫌な感じがしたね。

このアンソロジーを組んだ編集委員がお年寄りの方が多かったような選び方かも知れないね。まあ昔の文学はほのぼのしたものだから、こんなものかもね。

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ことづけ

ことづけ バルザック 1833年作

粗筋

バルザックの若い時分、パリから地方都市へ行く途中に乗り合い馬車に乗り、そこで気のいい若者と一緒になった。お互いの恋愛のことなど話すっかり意気投合した。しかし、馬車が突然横転する事故があったとき、その若者は、馬車の下敷きになって瀕死の重傷を負った。若者からバルザックは、ある伯爵夫人への手紙を渡すよう頼まれた。バルザックは当時金がなかったが、歩いてその伯爵夫人の館に行った。館で出迎えた伯爵夫人夫妻を見て、すぐ夫人は夫を愛しておらず、夫人があの若者を愛していたことが分かった。バルザックが館を辞して帰るとき、夫人はバルザックのみすぼらしい姿を看て取り、借金の返済にかこつけて、多額のお金を密かにバルザックにくれたのだった。

感想

恋の話なのに、自分の下手な要約では、お金を恵んで貰ってラッキーな話になってしまったね。でも、恋の話としてはありきたりで、これもカタルシスがないね。

これで、美しい恋の話の要約は終わり、一件トラックバックされたみたいですので、しつこいようですが、継続します次ぎは、同じ筑摩文学の森から「悪いやつの物語」を予定しています。長い短編は省きますので、18回を予定、毎日一回更新はしんどいので不定期になるかもしれませんね。

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ほれぐすり

ほれぐすり スタンダール 1830年作

粗筋

若い中尉であるリエヴァンは、有金を全てすってしまった帰り道、若い女が倒れているのに気づいて助けてあげた。暗闇で分からなかったが、下宿の連れて帰って顔を確認してみると、若い美しい女だった。リエヴァンは直ぐに好きになった。その女はまだ18才で、3年前、40才も年が離れた男と、家が貧しいのを救うため結婚したのだった。夫は嫉妬深く、なかなか女を外に出してくれなかったが、ある時たまたまの外出時、メイランという曲馬師と出会い、恋に陥ったのだと。その後女が夫から盗んだ金を持って駆け落ちをしたが、メイランにその金を持ち逃げされ捨てられとところだと言った。リエヴァンは力を込めて自分がその女を救うと言った。しかし、その後リエヴァンは行方不明になりその女は修道院に入った。

感想

この話、落ちがなっていないと思うけど、これでいいのかな。余りカタルシスのない話だね。これも美しい恋の話の範疇に入っていない気がするね

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藤十郎の恋

藤十郎の恋  菊池寛  大正八年

粗筋

元禄時代、京都の当代一の名人藤十郎は、江戸から下ってきた中村七三郎の芸に脅威を感じていた。今までの傾城の恋(遊女の恋)の演技では、対抗する事が出来ないと思った。そこで新しい演目として近松門左衛門に人妻の命を懸けた恋の話を書いてもらい、演じようと思った。しかし、藤十郎は若い時より浮き名を流したが、人の道を外れた恋はしたことがなかった。どう演じようとあれこれ考えていると、貞淑な茶屋の女房のお梶を見つけた、そこで、お梶を誘惑し、いざお梶がその気になったら、振ってしまった。藤十郎は、どう演じるかのヒントをつかむことができた。一方、お梶は、裏切られ自殺してしまった。

感想

これは、芸のための偽りの恋といったところかな。

読み易いけど、味わいのある文章で、青少年もテーマがこの悲恋でなかったら、広く読んで欲しいと言いたいような話。芸のために女を泣かすとは、よく言われる話だけど、純粋にいけないよね。やっぱり芸人はひとでなしだ。

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肖像画

肖像画 ハックスリー(1894-1963)

画商ビガーは、ある成金の新興地主から、古い大家の絵を欲しいと言われた。丁度、一八世紀のヴェネツィア派の絵がる答えたところ、その地主は歴史的なストーリーのあるものでなくては嫌だと言った。そこで、ビガーはこの絵の書かれた経緯を次ぎのように言った。この絵は若い貴婦人の絵だが、旦那は年取った紳士だった。、その貴婦人は、この絵を書いた十八世紀のヴェネツィア画家と恋に陥り、この絵の完成後、即、旦那の紳士の高価な宝石を盗んで、駆け落ちする約束をしたが、折り悪く旦那に見つかってしまった。その貴婦人は貧乏してまで駆け落ちする意志もなく、その絵とともに、ヴェネツィアからイギリスに帰った。そういう曰く付きの絵であると。その地主はこの話を気にいり、高額をはたいて、その絵を買った。地主が帰った後、若い画家が、ビガーの下を訪れた。その画家は先日描いた絵の代金の支払いを求めたのだった。

感想

これも恋の話に入るのかな。痛快な話と言いたいところだけど、漫画のギャラリーフェイクに出てきそうな話だけど、ちょっと嫌な感じのする話だね。

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エミリーの薔薇

エミリーの薔薇 フォクナー 1930年作

ミス・エミリーは、何十年と引きこもっていた。その屋敷は度々悪臭とかして、隣人から市長に苦情がいったが、どうにもならなかった。一人の黒人の老人と暮らしていた。エミリーの一族グリアソン家は厳格な家だった。彼女の父が死に、エミリーが30才を過ぎた頃、一人の北部から工事に来ていたホーマア・バロンという男と恋をしたみたいだった。ある時バロンはエミリーの家に行ったきり見かけなくなった。エミリーがなくなった時、町の者はその家に踏み込んだとき、その屋敷のある室が新婚部屋みたいな感じだったが、埃がたちこめている中、ベッドにバロンが寝ているのを発見した。

抜き出し

・かれらは、老人がよくするように、数学的に進行していく時の流れをごちっちゃにしているのだった。かれらにとって、すべての過去の時代は、しだいに先端が細まってゆく道ではなくて、冬の季節もほとんど届ききらぬ広びろとした草地であり、そこは、最近の十年間という狭い瓶の頸によって、現在のかれらから隔てられているにすぎないのである。

感想

これも、愛の話だけど、美しい恋も物語ではないね。このアンソロジーちょっと趣旨の違ったものが多すぎないのかな。江戸川乱歩にもよく似た話があったと思うけど、狂信的な恋の話だね。文学なので、行間に話が詰まっているので、想像しながら読むと面白いね。

エミリーの薔薇は今度映画化されるらしいですね。

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未亡人

未亡人 モーパッサン 1882年作

猟の季節のバーヌヴィル邸でのこと、外に陰鬱な雨が降りすることなく、大勢の男女がカード遊びなどしていたが、それにも飽きたある若い女が老嬢の若い男の子の髪の毛のような指輪のことを尋ねた。老嬢は最初はその話をするのを躊躇ったが、みんなにせかれると、漸く話し出した。今は亡き、サンテーズ家は熱情的な家系っだった。祖父も父も只ならぬ恋の為に死んだ12才のゴントランと言う男の子がいて、その男の子は自分に熱烈な恋の感情を捧げたが、自分は子供のことなので、その感情を面白がっていたぶった。ある時少年は、絶望して自殺したのだと。自分はその時から彼の未亡人として過ごしているのだと。

抜き出し

・やがて、一同が各自の部屋へ寝に行こうとしていたとき、彼女の話によほど安静を見出されたらしい一人の肥満した猟人が、その隣人の耳にささやいて言うには、「あんなにまでセンチメンタルなのも、不幸じゃないかね…………」

感想

これも失恋の話になるのかな。子供だからと言って、その恋情を弄すると大変なことになると言うことだね。そんなに恋に真正直に生きられるのはある種不幸なのかな、それとも幸福なのか。

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隣の嫁

隣の嫁  伊藤左千夫  明治四一年

省作は中学卒業後百姓のなった。家の者は皆働き者で、学校に行っていた省作はついていくのが大変だった。隣りの家の嫁のおとよさんは密かに省作に思いを寄せていた。隣家との稲刈りでも、慣れない省作が恥をかかないよう自分の刈った分を入れて上げたりした。それを見た弟の満蔵は、おとよさんが省作に惚れていると言った。省作は今までそんなこと意識したことがなかったが、意識するようになった。二人は自然に恋いし合うようになったが、不義にはならなかった。省作に婚礼の話がのぼりこの関係は解消した。おとよはその後実家に帰った。省作も養家に行ったが、おとよとの噂が立ち破談になった。

抜き出し

・実につまらない世の中だ。我が身心を我が思いに任せられないとは、人間というものは考えて見ると馬鹿気きったものだ。結婚せねばならぬと言う理屈でよくは性根も分からぬ人と人為的に引寄せられて、そうして自ら機械のごときものになっていねばならぬのが道徳というものならば、道徳は人間を絞め殺す道具だ。

感想

のどかな田園小説だと思ったら、封建社会告発の社会小説だった。これを恋の話のアンソロジーに入れて良いのだろうか。能力もあり働きもののおとよさんは、ぐうたらで教養のない旦那に愛想が尽きるのだが、省作と愛し合う二人で生きていけるような時代、社会でもなかった。

お願い

この文学要約、感想シリーズはこのブログに載せ続けていいものかどうか、悩んでいます。この「美しい恋の話」は後7回で終了するので、この6回中に閲覧者の方からコメントなどで、続けるべきだとかの反応がなければ、終わりにしたいと思います。

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ラテン語学校生

ラテン語学校生  ヘルマン・ヘッセ 

ラテン語学校生カール・バウワーは寄宿舎で空腹の為、台所のチーズをつまみ食いしてしまったところを、女中のバベットに見つかってしまうが、そのことがきっかけになって、仲良くなり女中の台所の集まりに参加するようになった。ある時町で悪友と女の子にたずらことをした。カールはその女の子ティーネに恋をした。悶々とすごしたが、ティーネがバベットと同じ女中仲間であると分かった。カールは恋心をティーネに吐露したが、ティーネはその気はなく、ある大工と婚約し去って行ってしまう。カールは失恋に打ちひしがれるが、学業に目覚めなんとか立ち直りかける。ある時カールはティーネと町で出会った。ティーネの婚約者は建築中の建物から落ち大けがしたとのことだった。ティーネは懸命に看病していた。支え合っている二人を見て、カールはこのような愛を受けたいと切望するのだった。

抜き出し

・かっての恋の苦しみでももはやなかった。それは、もっとずっと広い大きな感情と体験に包まれおおわれていた。思いがけず見て驚かされた不幸にくらべれば、自分のあきらめの悩みなど、小さくおどけたものになっていくように思われた。また、自分の小さい運命は何ら特別なものでも、残酷な例外でもないこと、彼が幸福だと見ていた人たちも、のがれたい運命の支配をうけていることを、彼が突然さとった。

感想

これも失恋の話。これは逞しく立ち直ってしまう若者の話だけど、清く正し過ぎて現代的じゃないかも。ヘルマン・ヘッセは昔大人気で、皆読んだものだけど、今はどうなのかな。個人的には、ヘッセの中では出来のいいものとは思えないのだけど。

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柳の木の下で

柳の木の下で アンデルセン 1853年

クヌートとヨハンネは幼なじみだった。庭の古い柳の木の下で二人はよく遊んだ。ヨハンネはお父さんが再婚するためコペンハーゲンに行くことになった。クヌートはその後靴職人を目指し大きくなったらヨハンネをお嫁さんにもらおうと懸命に修行した。ヨハンネはコペンハーゲンで歌手になった。漸く、コペンハーゲンでの修行ができるようになったとき、ヨハンネに会いに行った。ヨハンネは綺麗になっていたが、クヌートと結婚は出来ないと言った。クヌートは失意のまま渡りの職人にな、りいろいろな所を旅するようになった。ドイツのある町のオペラ座でヨハンネを見かけたが、ヨハンネはクヌートと気がつかないみたいで、婚約中の見であるとのことだった。クヌートはその後も旅を続け、ある故郷の柳の木に似た木の下で、ヨハンネの夢をみながら凍死した

抜き出し

・「ああ、今ぼくは一生のうちで一番楽しかった!」とクヌートは言いました。「でも、今のは夢だ。-神さま、どうぞ、もう一度今の夢をみさせてください!」こう言ってふたたび目をとじました。クヌートは眠りました。そして、夢をみました。

このように、粗筋を書いたら悲惨な話だね。女性の失恋は一日泣き通して、やけ食いすれば直るような気がするけど、男の子の失恋はみじめで悲惨だね。シューベルトの「冬の旅」もこう言った話だったなあ。

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