豊饒の海

豊饒の海  四部作             三島由紀夫         新潮文庫31047495

ぶる夫☆さんコメント有り難うございます。

三島由紀夫のこの小説は、今回のチベット騒動の一つの原因のもなった輪廻のことについて書かれた小説ですね。まず、チベットでのことを少し述べると

中国政府はチベット人に対し、2007年8/4の国際ニュースから抜粋してみると

【8月4日 AFP】中国政府は、輪廻転生を続けるとされるチベットの高僧(活仏)が転生する際、政府の許可なしの転生は認めないことを決定した。国営新華社通信が3日、報じた。

 新条例は9月1日より発効され、以降すべての転生は宗務課への申請および許可が必要となる。新華社通信によれば、条例は「活仏の転生の管理を制度化するうえで重要な措置」だという。

 中国共産党は、信仰の自由を表向きは認めているが、実際はチベット仏教を含むすべての宗教を厳しく規制する。

 チベット仏教では、高僧は何度も輪廻転生を繰り返すと信じられているため、活仏の存在は非常に重要視されている。

というような思想統制を行った。このことは宗教を国是とするチベット人たちを著しく傷つけたには想像できる。漏れ伝えられるニュースでさえ、このようなものがあるのだから、外国メディア等が自由に取材しにくかったチベット内では、どれだけの非道が行われてきたかは容易に想像できるはずだ。

たまりにたまったチベット人の怒りが今回爆発したのだと、考えるのが普通だわね。決して意図的にばかり起こされたものではないわね

三島の小説の話に戻すと、

これはこの4部作の語り手である本多繁邦の物語でもあるようだ。

彼が目撃する輪廻というのは幻に過ぎないのではないか。という問題が後半になるにつれ大きくなり、終了時になると、もう輪廻など幻に過ぎないと悟らざるえない。

本多自身、国家の有為の人材になろうし努力し、裁判官になり更に、富みも得る。

普通ならば恵まれた人生なのだが、内面はそうではない。

若かりし時に目撃した悲恋、国家への青年の献身。ああいう激情を目撃した身なのに、自分はこの世に何を為したのか。

そしてその渇望を、晩年に小賢しい青年に利用されて翻弄される老残の身がある。

そして最後に親友のかっての恋人で、この物語の発端になった人に、その答えを得ようと会いに行く。そこで得た答えは、………

そしてあまりにも無残な回答に、輪廻の意味と自分の人生の意味を見つける。

この壮大な物語をこのように閉じていく過程を読むことで、三島の深い絶望を味わえる。

これが余りにも、余りなので、この小説について書こうとする人が余りいないのだね。

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愛国の作法

愛国の作法  姜尚中  朝日新書Img7cd0d06fzikdzj


色々取りざたされている姜さんの本を読んだ。

朝日が新書を出すにあたってこの本がバックナンバーの一番というのは、朝日らしいとも言える。

結論は、貶したい人を貶すが、この本に対しては、批判はさせないというもののような気がしたね。

そもそも一般人の教養レベルは、昔と違って著しく後退している昨今。
この本で取り上げられる思想家、丸山真男をはじめ清水幾太郎ほか、ハンナ・アレント、エーリッヒ・フロム。南原繁。その他色々。
こういう人たいの本を愛読する人は、簡単な新書なんか読まないだろう。
対して、ちょっと真面目な学生やひねくれたおっさんが、姜さんの本を手にとっても、姜さんがこの本で取り上げた思想家の本を読んでなどいないだろう。つまりそういう似非インテリは、そんなハードな思想家の本を読みこなしたりはしていない。

つまり煙に巻かれたしまうのだ。

姜さんが批判する中西氏や「国家の品格」の作者藤原氏などは、新書という媒体の読書層を、普通の庶民レベルまで落として、分かりやすく、自分の自論を容易の述べようとしたものだ。更に安部首相の「美しい国」も専門家向けのものではなく、普通の庶民向けに平易に書かれたものだ。
それらの本は、ところどころ穴があり、誰でも簡単に批判できるものだが、その作者たちが訴えたいものがストレートな分だけ、好き嫌いは分かれるが、何かしらの議論も呼ぶし、幅広い共感も得ている。
一般向けの新書らいいものと言えるわね。

翻って姜さんの本は、一般人に容易に批判を許すものではないが、読んでいてどこか居心地がよくないものだ。
「論文に書き方」の作者、清水幾太郎の「愛国心」を元に、諸々の現象を切るところも、自分としてはそうなのかなと思ってしまうね。
あの明晰な文章を書く清水氏の文章を元に、どうしてこんな理解し難い結論を出すのか、

自分は、清水氏の原著を読んだことはないが、どういうものか想像はできる気はする。
それは書かれた時期によると思うのだ。終戦直後、日本は敗戦という大きな挫折をし、戦前の思想を全否定しなくてはいけない状況。そういう世の中がひゃっちゃかめっちゃかであったような時代。
当時の日本は、日本語を使うのを止め、英語やフランス語を公用語のせよなどと言う人がいた時代。そういう混乱期の文章をもって、現代日本の問題を洗い出すのは、無理があるのではないのかな。
もちろん優れた思想は、普遍であるべきだとも言うことができるが、過去の政治状況、国際状況が移ろって行く中でのそれは、限定的なものであると言えるのではないか。
故に、自分には、この本が結論を先に置き、その上に過去の思想をはめ込んでいったもののような気がした。

姜さんは、藤原さんが一般人にもできるだけ分かりやすい書いた本を非難するという行為をしたいのなら、もっとレベルを下げて、過去の思想家の言葉などを使わず、問題点を簡潔に分かり易く述べるべきだろう。

そうしたくなかったなら専門分野で、学者同士でのやりとり限定にするべきではないのか
どっちにしても今の時代においての新書としては、適したものと自分のには思えなかったね。

それとここからは、個人的な感想なんだが、
自分は大阪出身で、中学や高校も在日の人たちが、同級生にいて普通につき合っていた。
しかし、中学の卒業式前、その在日の生徒は先生に、自分たちの置かれている状況を説明し、差別があったと訴えたらしいのだ。自分はそんなにその生徒と仲は良くなかったが、その学年でどうしようもないいじめなどはあったような気はしなかったし、その生徒と他生徒との関係には、問題があったとは思えなかった。
まさしく晴天の霹靂。
全校集会で。その在日の生徒の話が先生からあった。

今から思えば、全国の中で一番友達の敷居が低い大阪人、言葉はきついが、みんなフランクにつき合っていく人たちた。何でも話をしてくれたら、きさくに話し合えるような人たちだ。

高校でも、違う在日の生徒がおり、その生徒は先生に、自分たちの置かれた状況を話をしたらしい。
自分はそこで思ったことは、在日の人たちは、話す人、理解してもらえる人を峻別して話すのではないかということだ。
分かるような人だけに話す。ここでは主に教師ということになるのかな。そして普通の生徒などには、理解して貰わなくても良いという態度を取るみたいだ。

もう一つ気づいたことは、そんなに大きくない問題を、わざと広げているような気もした。
思春期の年齢で、様々な家庭環境の生徒が集まった公立学校で、何らかの問題などあって当たり前なんじゃないのかね

この姜さんの本もそういうような気がした。
理解し、共鳴し合うことができる人のみに伝われば良いという気がした。

まあ庶民は、馬鹿で野蛮だけど、日本人の大半はその無知な庶民なんだし、韓国も中国も無知な庶民が大半だ。
晦渋な理論で、分かる人だけ分かるというものは、お互いの国民の意思伝達には、そんなに役立つものではないと自分は思ったね

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ハンニバル・ライジング

ハンニバル・ライジング  トマス・ハリス  訳:高見浩  新潮文庫Img7833b82ezik7zj

ハンニバルシリーズの最新刊を読んだ。(最新刊といっても4つしかないね。)ここではハンニバルという怪物が何故誕生したのかということについて書かれているね。

何故怪物になった動機は。ネタばれになるので書かない方が良いよね。
これで納得できたたかと言うと、できなかったかも知れないかも。
もともとハンニバルにそういう素質があったと考える方が自然なのかも。

この小説は、ミステリーという範疇から逸脱しており、ほとんど普通小説みたいだね、戦争の悲劇を扱った小説でもあるね。

登場人物に日本人女性の紫夫人が登場し、日本的らし過ぎる日本人で、そんな日本人いないだろと思ったりするけど、この人に最終的に見放されてしまったのかが、怪物の解放になったとも言えるのかも。

この小説は映画化されていて、日本でも近日上映されるみたいだ。
そこで紫夫人役を日本人女優が演じられなかったのは、残念だったね。

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ユダの窓

ユダの窓  カーター・ディクスン 砧一郎/訳  ハヤカワ・ミステリ文庫

有名な密室ミステリーを読んだ。
殺人事件の汚名を着た被告人の無実を法廷ではらすという、法廷ミステリーでもある。 

古典としても有名な話だし、読んでみて期待に違わない面白さはあった。

自分は、本格ミステリーは、ほとんど読んでいなかったが、これは意外ととっつき易かったね。
古めかしい感じはしないし、昨今よくあるような残酷シーンも無かったから良かったかもね。

でも、そんなに驚くべきトリックがあったのか、というのはどうなのかな。
凄いか凄くないかは、そんなに多く本格を読んでいないので分からないなあ。

まあ、登場人物の被告の弁護人のヘンリ・メリヴェール卿は、面白い人物で味があるから、その点でも一読の価値はあるのかもね

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I LOVE モーツァルト

I LOVE モーツァルト  石田衣良  幻冬舎Imge8298fe1zikazj


去年はモーツァルト生誕250周年だったので、いろいろなイベントがあり、いろいろな本も出版された。
その中で、作家の石田さんが書いたモーツァルトの本を読んだ。

石田さんのクラシック音楽との出会いがグレン・グールドのバッハの「ゴールドベルク変奏曲」というのは、納得できるし、共感できるね、
なにしろ当時というより、今もあの演奏、55年盤、83年盤とも衝撃的な演奏だからね。
これは、まだ聴いたことのない人は聴くべきかも

石田さんのモーツァルトの演奏について愛聴しているCDについて書いているところが、やはり面白いね。
自分も好きな演奏があったり、知らなくて聴いてみたいと思ったりする演奏があったりと、
付録についているCDも嬉しいね

その中で、交響曲第40番ト短調のところで、小林秀雄の「モーツァルト」の中の有名な「疾走するかなしみ」という言葉が使われていると述べているけど、これは間違いで、小林秀雄はト短調の五重奏曲についてこのフレーズを使っている。
これは、モーツァルト好きの中では、常識的なことだと思うけどなあ

石田さんの好きなモーツァルトと、自分の好きなモーツァルトの好きなセレクトが違っているのは楽しいね。

ピアノ協奏曲なら、石田さんは20番だけど、自分は21番、弦楽四重奏曲は石田さんは「不協和音」、自分は「狩り」。オペラなら石田さんは「魔笛」、自分は「フィガロの結婚」

演奏者のセレクトも、20番のピアノ協奏曲を石田さんは、イタリアの伝説的なピアニストのミケランジェリを愛聴していて、その第2楽章を十代のモニカ・ベルッチが、すごくセクシーで清楚なドレスで階段を下りてくるようなと表現している。
個人的には、ミケランジェリは偉大なピアニストだが、その奏でるものは、そんな綺麗で美しいと言うだけの人ではないと思うのだ。そのベルッチはきっと妖精の仮面を被ったお化けという気がしたりするんよね。

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魔女ジェニファとわたし

魔女ジェニファとわたし  E.L.カニグズバーグ  松永ふみ子訳  岩波書店400114084509_aa240_sclzzzzzzz_


転校してきたエリザベズは、学校へ行き道でふうがわりな少女ジェニファに出会った。ジェニファは魔女と名乗った。、エリザベズはジェニファの弟子にしてみらい、さまざまな変わった修行を課されることになる。ある時可愛がっていたカエルを秘薬の原料に入れようとするのに対し反対し仲違いしてしまった。しかし、最後は魔女のふりするのをジェニファは止め、2人は本当の仲良しになった。

児童文学の不朽の名作。
内容は子供の世界の少しややこしくて、ぎこちない交友を描いている。
大人になると、そういう世界は忘却の彼方にいってしまうのだけど、この本を読んでいると、あ、そうそうそう言えば似たようなことは自分にもあったなあ。と思わせる話だ。
時代を超え、国を越え、共感を与えることができるのは、素晴らしいことだ。

子供は、すんなり友達ができると思うのは間違いで、新しい街に来ると、既に出来上がった子供の交友世界に入っていくのは、なかなか難しい。
そのためのイニシエーションが必要になるということかな。
それが魔法。
その魔法を介してでしか、最初はコミュニケーションはできなかったが、可愛がっていたカエルの扱いで、思わず本音の言葉を合い交わすことで、一旦仲違いはしてしまうが、最後はお互いの心の中を見せ合うことができたので、本当の仲良くなることができた。

魔法というのを、友情の契機で使う。
これは質が高い物語りだ。
それに、いじわるな子、付和雷同する子、いろいろ子供の世界も思うようにならない。そんな世界を自分のことのように思わせるのも嬉しいことだね。

カニグズバーグは1967年に、名作「クローディアの秘密」と「魔女ジェニファとわたし」を発表。
「クローディアの秘密」は、タイプは違うけどこちらも、子供の世界で大切なこと、大切なものを描いている。
それは、生きていく上で重要なものだね

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長英逃亡 

長英逃亡  吉村昭  新潮文庫Img60dceb6ctq6y57


吉村先生最近亡くなられたのだね
ご冥福をお祈りします。

清張の「かげろう絵図」を読んで、同時代の作品を読みたくなって、吉村先生の長英の逃亡生活を描いた小説を読んでみた。

内容は、高野長英が獄に繋がれ、そこから抜け出し、自分の弟子、庇護者に助けられながら逃亡生活をし、最後は医師に成りすましていたところを、捕まり殺されたところまでを描いた小説。

洋学を目の敵にした、鳥居耀蔵は長英が獄を抜け出した時から2ヶ月後に失脚していたのだから、後2、3ヶ月我慢すれば、こんな苦労する必要なかったのにね

この逃亡生活は、実話なんだろうけど、本当にこんなことが行われたのか
奇談というしかないのかな

全国に散らばった、(主に上州だけど)弟子、支援者たちが、我が身をなげうって長英を助ける姿は、今の日本で失われたと思われる、義理人情が生きていた社会だったんだろうね。任侠の徒も出てくるし、迫りくる岡っ引きを巧みに巻いて逃亡するところなんかは、スパイ小説を読んでいるようだったね。

逃亡生活をしていながら、故郷の母に会ったり、宇和島に藩主に呼ばれ、兵書の翻訳をし、教鞭を執ったり、波瀾万丈の逃亡生活だね。

でも、世界の趨勢も、世を憂うこともない、岡っ引きたちの執念に屈して捕まり、殴り殺されてしまうところは、悲惨だったね。
残された、長英の妻子のこの後の行く末も悲惨で、やりきれないね。

ただ救いは、長英を助けた、友人、弟子、庇護者たちは、最小限の者しか捕まらないですんだところかな

この本で感動したところは、長英の逃亡生活の初期に、江戸、そして関東中に捜査の網が厳重に張り巡らされていたときに、突然やってきた長英を当たり前のようにかくまった、高野隆仙とその母と妻のことかな
隆仙が長英を匿うのは分かるが、その母と妻が、息子、夫のすることをさも当たり前のように容認し、淡々と長英の世話をし、岡っ引きに隠れているのを突き止められても、悠々と焦らず、長英を逃がし、隆仙が岡っ引きに捕まり、自供を迫られても、家を探索されても、慌てず応対し、何も無かったかのように過ごす。

昔の日本の女子には、婦道というものが存在したんだね。
力が強いというよりも肩書きが凄いというよりも、その胆力が凄い。
昔の日本の女子には、何ものにも代え難い美徳があったのだということだね。

こう考えると、
江戸時代は、義理人情があり、婦女子にも生きていく道しるべがあるのだから、文化的には、高度な時代と言えるのだろうね。
今の日本は科学技術は発展したが、文化的には後退しているね、確実にね

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続・ウィーン愛憎

続・ウィーン愛憎  中島義道  中公新書31443120


中島先生のウィーン愛憎の続編を読んだ。
ここでは、中島先生の「ウィーン愛憎」でのウィーン留学記のその後の話で、家族との葛藤、教育問題などをからめつつ、再びウィーンでの半移住するという、普通では考えられないような経験が綴られている。

できればこの本の前作を読んでみたらいいと思う。
この前作は宇宙人レベルで面白い本だ。
破れかぶれの日本脱出。異国での戦いの日々としか言えない日常。
中公新書みたいな地味な表装の本の中身が、こんなにアナーキーでいいのだろうかというものだった。

この続編も、面白いけど、宇宙人レベルではなくなったね
中島先生もなんだかんだいっても落ち着いてきたのかな

しかし、家族との葛藤をそのまま吐露。最後は息子のウィーンでのアメリカンスクールの卒業式に出て。
・あの帽子のように、私たち三人はこれからそれぞれの道を勝手に飛んでいけばいいのだ。
なる感想を述べる。

こんなこと普通思っていても本で述べるのだろうか、本当に正直な人だ。

教育論としても面白い本だ。
息子さんに何をお望みですか。と聞かれると、ただ生きているだけでいいと言ってしまうのも、面白いよね
達観している人でもある

犬も歩けば棒に当たるというけど、内面に様々なものを抱え、視点が鋭い人が異国に立てば、それだけでドラマになるということなのだろうね

ただ、この本を面白い。エクセレント!!!
と読んでいて思わず膝を叩いてしまうような人も、世の中を斜に構えて見て生きている人なのかも
健全な市民は、こんな本というより、中島先生の本を読んではいけないのかも

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かげろう絵図

かげろう絵図(上・下)  松本清張  文春文庫Imgb8be996ctk3gxs


ちょっと長かったけど、清張のかげろう絵図を読んだ。
面白いと評判だったので、読みたかったのだけど、長らく品切れだった、昨今の大奥ブームによって再版されたみたい。
テレビドラマの大奥には、全然興味はないけど、この本が出版されたというのは喜ばしいことだね。

内容は、天保時代、将軍家斉時代末期、世を壟断する家斉の寵姫お美代の方の養父、石翁とその他佞臣たちと、それに対抗する寺社奉行脇坂淡路守、世を嘆く旗本島田又左衛門、その甥で三男坊で部屋住みの島田新之助、大奥に父の仇を討つため又左衛門の為に働く登美たちとの、暗闘が描かれている小説だね。

歴史小説なので、史実を踏まえて書いているので、最後は石翁一味が凋落して終わりなんだけど、そこに至るまでの話が面白い

昭和33年の新聞に連載されていたという事実も驚きだ。
今から50年前の新聞小説レベル高いよね。
悪い奴はそのように行動し、年増女は情欲に溺れ、佞臣は金の為、自分の思い通りになるように行動する。
心地いいぐらいだ。
世の中一皮剥けばこんなもんだ、と現代の社会でも言い切ることができるね

石翁はその中でも、悪の魅力たっぷり。
主人公の新之助を喰ってしまったかも。
面白いので、最後の没落直後の言葉を抜き出しておこう

・「生きてきた甲斐があった。」
と石翁は思うのである。現役は、ただの小納戸役に過ぎなかった。門地門閥も無い、それでいて、譜代、外様を問わず、各大名が彼の前に頭をこすりつけたのだ。男に生まれた甲斐があったというものである。
「しかし、ちと長生きしたかな」

晴れ晴れしい男だ。
やった悪行は許せないけどね。

あと清張の世界観がやはり出ていたね。
それは、新之助の最後の感慨に出ていたかな

・「自分が石翁や林肥後守の大屋台をひっくり返した気でいなさると大間違いだな。仕組みが変わるのは、人間ひとりの力じゃない。人間の力ではどうにもならぬ別の仕組みが、ひっくり返すのだ。仕組みと仕組みの喧嘩さ。人間の力は、そこから、はじき出されている。」

こういうのは、清張の他の小説で繰り返し語られていることだね。
巨悪とは何か、とかね
この小説は歴史小説であるけど、現代小説でもあるのだね。
清張が描いた昭和30年代と較べても、今が余り変わっていないと感じるのは、人間社会はそれほど進歩していない証拠になるのと、絶えず権力に対しては監視していかなければいけないということなんだろうね

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お姫さまとゴブリンの物語 

お姫さまとゴブリンの物語  ジョージ・マクドナルド 脇明子訳 岩波少年文庫

最近復刊された児童文学の不朽の名作
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実際自分が読んでみた感想は、
地味な話だなあというものだね
でも、地味だけど啓示がある物語だね

内容は、地下に住むゴブリンという小人との戦いなのだけど、何か分からないけど最後ゴブリンはやられてしまう。
現代なら、特に日本では、こういったゴブリンみたいな人たちにも正義はあるはずで、全くの悪意を持っては描かないよね
でも、マクドナルドさんも。醜悪にゴブリンを描いているけど、19世紀に書かれたものにしては、ゴブリンを醜悪な怪物一辺倒としては書いていない。この時代にあって柔軟な思想の持ち主であったに違いないね。

お姫さまといっても、大きな国の広大な城でなく、ただの地方城主の館というものなんだね。そこに昔から住み続けていて、お姫さましか見えない、ひいおばあさんがいるというのは、いいよね。
その存在を信じるものにしか見えないというのは、古来より物語で取り上げられたものだけど、こういう謎があってこそ子供たちの物語りなんだとも思う。

何もかも明らかにするのではなく、人には知られない謎をもって生きていくということ、こういう秘密な部分があるというのは、物語を読む効用なんだろうね

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