「鶴瓶の家族に乾杯」が我が町に来ていた

NHKの人気番組の「鶴瓶の家族に乾杯」が、自分の住んでいる高原町に来ていた。
びっくりしたなあ、もう。
限りなく我が家に接近しておりました。

知っている人がいろいろ出ていました。

女優の田中麗奈さんのリクエストらしいけど、こんなど田舎よく知っていましたね

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独禁法で慎重、詳細な審査=キリン・サントリー統合で-公取委というニュースについて

公正取引委員会の松山隆英事務総長は15日の記者会見で、食品最大手キリンホールディングスと同2位サントリーホールディングスの経営統合交渉について、「内容が具体化すれば、事前相談の申し出があると理解している」と述べた。両社は公取委に対し「現段階では交渉の初期段階」と説明しているが、同事務総長は業界大手同士の合併には、独占禁止法に基づく慎重かつ詳細な審査が必要との考えを示した。 (時事通信の記事から)

やはり公正取引委員会から、キリン・サントリーの統合問題については待ったがかかった。

田舎のおじさんである自分が、このニュースを知ったとき思った第一に考えたことは独禁法ではどうなのか、というもので、そのことはブログで書いた。

大手マスコミの脳天気な統合肯定報道は訝しく思っていたし、気持ち悪く感じブログに書いた。

自分の考えが世間とずれているのかと思ったものだが、公正取引委員会が動いたということは、おそらく自分の方が正しいのでしょう。

自分は酒は飲まないから、キリンとサントリーが統合してもそれほど困らないのですが、この統合によって、酒を飲む消費者には、いろいろ不都合なことが考えられそうだ。

少子化により、酒を飲み人間が、これから減ってくるという観点からは、今以上に日本の消費者を締め付けようとする意思がそこにありきの統合であると言えるのではないでしょうか。

酒というのは、外国の輸出してもそれほど儲かるものではないし、日本の酒造メーカーが海外の企業を買収するのは、外国へ輸出するというより、日本国内へ輸入する為のものの方が多いとは言えるでしょう。

つまり、大手酒造メーカーというものは、日本の消費者に高く[売りつけることで儲けている会社と言えそうです、そういう批判を受けるのを避ける為に、文化事業に勤しみ、テレビ等マスコミへは多額の広告費を使うのでしょう。

もちろん金があっても文化事業などしない会社の方が普通だから、そういうところは賞賛されても良いと思うけど、良いところばかり報道するテレビ等は、完全に茶坊主と言えるし、国民の為、消費者の為に報道をしているとは言い難いような気がする。

誰の為の報道なのか、という点については、今回の公正取引委員会の介入のニュースとかの経緯を見ると、テレビ等は会社側に立った報道に終始していると断言はできるでしょう。

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TBSの不振について

自分の住んでいる宮崎は、民放が2局しかなく、そのうちの1局は、Uチャンネルで、複数のネットの共存ですね。そして残りの1局が、TBSネットです。

そのTBSが春に大幅なリニューアルをした。ニュース、情報番組を大幅に増やし、生放送を増やしたみたいだ。テレビをつけると、いつもグルメとか、ニュースとかばかりしている。

「渡る世間は鬼ばかり」のシリーズが春に終了した後は、家族もTBSの放送を観ることは、少なくなりました。自分は元々民放は余り見ません

地方の人にとって、首都圏のグルメ情報とか流しても意味ないじゃん。バカじゃないのかしら。

そしてここに来て、てこ入れをする為に、改編があるらしい。昼の時間帯に、再放送のドラマ枠を作って、韓国ドラマとか水戸黄門を放送するらしい。

TBSの編成局員にとって、おばさんは、韓国ドラマと水戸黄門くらいしか興味がない種族に写るらしいね。

番組を制作能力、編成能力を喪失してしまっているのでしょう。そういう能力がない人たちにテレビ局を任せるより、新規参入をさせて競争をさせるべきでしょうね。

どういう再放送のドラマを流すのかという点だけでも、もっと気の利いた判断をできる人は、世には沢山いるでしょう。

TBSには、退出してもらった方が、世の為でしょう

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歴史秘話ヒストリア 「絶望するな ダザイがいる~太宰治」について 

歴史秘話ヒストリア」は、好きな番組なんですが、今回は太宰治を扱っていましたね。

面白かったですね。青少年の皆さんは必見かもよ。元気が出ますよ。

「人間失格」がいかに生み出されたかに焦点を当てておりました。「人間失格」の文中での恥の多い人生そのものを送った青年時代がありました。

結果のあせり、上滑りし、そして不義理、心中事件を起こし、相手を死なせてしまう。

しかし、再生するんですね、幸せな結婚。結婚は努力だと言いきり、戦争中は、戦争を賛美するようなもののは背を向け、ユーモア小説を書いた。

しかし、戦後、多くの文人は恥ずかしくも、自分たちの戦争中の態度をがらっと変えるような創作態度を目撃し、触発され、罪多きものこそ愛は大きい。とかっての退廃生活に敢えて突入する。

恥を知る。身につまされますね。

何を大事にし、何を訴えたいのかということが、明確な人だったのでしょうね。

実家に認められたいが為に入った文筆生活が、いつしか器の大きな書い手になり、永遠の青春文学をものにしてしまった。

愛する妻も、そういう太宰の文筆生活を理解し、その才能を愛する。

多くの人が夢見る文学世界です。

いいですね。太宰文学。これからしっかり太宰治を読まなくてはいけないと思いましたわね。

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最近のNHKスペシャルを見て感じること

NHKスペシャルは数少ない良質な番組の一つだとは思うのだけど、最近のものは、首を傾けるようなものが増えてきたような気がしますね。

理系のものは、全然そうでないと思うのだけど、社会科学系統には、おかしいと思うようなものが多くなったかも知れないですね。

「マネー暴走」にしても、「JAPANデビュー」にしても、変な感じになるところがけっこうあるように思いますね。

「マネー暴走」においては、人間の欲望が巻き起こした結果が、現在のサプライム危機とかの原因というところに、落ち着かせようとしていましたが、それは広義の意味では間違いはないかも知れないですが、アメリカの傲慢さが生み出したものじゃないのか、まず厳しくアメリカの金融政策とかの罪を問うべきではないだろうか。と自分は単純に思いますわね。

現在でも、ちょっと景気が回復したかのように、思えると即投機資金は、原油市場とかに流れこんでいますしね。条件が噛み合えば、昨年のあの物価高は、再びやって来そうです。

投機資金に、世界各国が協力して規制をかけるようにしないと、あかんのじゃないかと思いますわね。その為にも、アメリカの金融上の失敗を問うようにしないといけないのじゃなかね。

「JAPANデビュー」では、第三回の放送を見ている分では、日本はアメリカに嵌められたとも取れる内容だったのですが、ただの悲劇的出来事のように描いておりました。

アメリカへの配慮とかもあるし、そこのところを深く掘り下げると、日本の第二次世界大戦への参加は、仕方ないものという見方に行き着いてしまう。それはNHKとしては拙いみたいなので、そこのとこは、ぼかして放送しておりましたね。

新識見とかがある訳じゃないし、従来のものとは違った思い切った放送もするつもりもないみたいなのだから、こういうシリーズは最初から止めておけばいいじゃないかしら。

日清戦争開始年は、1894年(明治27年)。明治を27年も過ぎてからの出来事だし、開国からは40年も経ってからの出来事だ。

けっこう長い間に、試行錯誤しながら近代国家へ歩んでいった日本の姿を、真正面から描いていくドキュメントだったら、十分価値はあるものなんだろうと自分は思いますわね。

力をつけて世界へ出ていったところの、負の面ばかりを取りあげても、日本の近代化は十分描かれないのじゃないかしら。

同じNHKの番組「歴史秘話ヒストリア」の江藤新平とかを描いた放送とかの方が、ずっと為になると自分は思ったわね

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シリーズ JAPANデビュー「第3回 通商国家の挫折 」を見た

第三回の「通商国家の挫折」も見てみた。

この放送においても、ある観点から描かれておりましたね。でもそれほど批判されるような内容ではなかったとは思います。

ただし、高校の日本史に書かれていることを、ちょっこと詳しく描いていただけだったのかも知れません。

三井物産というある意味国策会社の、商い行動を追っていくこと、そしてそれと平行して行われる帝国主義政策を描いていました。

この放送を見ても、やはり「アジアの一等国」同様、元気が出るものではありませんでしたね。

自分は、このNHKのシリーズを見て不思議に思うことは、JAPANが世界の檜舞台の出た時代を描くということなら、開国直後のこと、その後の明治の欧化政策、そして苦闘続きであった産業振興、そういうところから描きだしていくべきじゃないのかな。

いきなり帝国主義政策が生まれ、外国に輸出できる商品ができたかのように描いていましたけど、そういうものが生まれた過程を省き過ぎているのではないだろうか。

世界市場に出て、まもなく英米の競争相手になってしまったというのは、快挙でもあるとも言えますし、しゃにむに世界に出たら、世界の市場はブロック化経済になってしまったというのは、日本だけが悪い訳ではないでしょうにね。

どうして、それほど早く世界市場において打って出られたのか、日本の産業振興、技術開発は、どうなっていたのか。

そういう光の面をもっと描き出すような姿勢で、番組を制作すると、今の日本人にも元気が出るものになるのじゃないのかな

と思いましたね。

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森光子に国民栄誉賞というニュースについて

ちょっと前の公園で全裸になったタレントについて批判的な記事を書いたことがあったのだが、その時批判的なコメントを頂いたが、この記事もそうなりそうだ。

自分は、森光子さんが、国民栄誉賞を受賞することに対して、反対でも賛成でもないのだが、受賞に纏わる状況が、ややこしい時であるとは思っている。

明白な与党の選挙対策の一環のようであるし、芸能界からは、一切批判できそうでない人の選出というのは、かえって問題だとも思うからだ。

ある意味、裸の王様的な状況になっているのではないかと思っている。

どんな仕事でも、長らくするということは大変なことであり、真面目にその職業を勤め上げた人は讃えられるべきではある。

が、芸能界に対しては、それは当てはまるのか。

銀幕おける自分の姿を、人々の記憶にとどめたくて、若くして引退した女優さんもしたし、夭折した名優も数多くいる。

あの人には、与えられなかったのに、どうして森さんが受賞するのか。

そういう疑問は、芸能界でも、一般社会でもけっこうあると思う。

しかし、芸能界での最長老格でもある存在に対して、そういう疑問の声は投げかけることは、難しいとは言えるし、聞いていて恥ずかしくなるくらいのコメントをしているタレントとかもいた。

おべっかいとは、思いたくはないが、しっくりいかない気はする。

全く先入観のない、子供とか外人とかが、放浪記での森さんとかに対して、何じゃこれはと思い、それを声にしたのなら、同調する声はけっこうあるのでないか。

そういう声が大きくなるとは思えないけど、しっくりしないニュースだとは、多くの人は思っているに違いないわね。

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第二回「天皇と憲法」について

前回の「アジアの一等国」が、各地で論争を巻き起こすような内容でしたが、今回の放送は普通でしたね。

軍国化していく過程における憲法解釈論争を取りあげていました。

大学の法学部の教養課程で学習するような内容なのかな。法学部外の人には、有効な知識なんでしょうけど、法学部生にとってはどうなのかな。自分は法律は専門外なので、それなりに納得しましたけど。

出てきた論客の中で、立花隆先生が説得力がありましたね。

天皇機関説説における、美濃部教授が糾弾されていく過程は、正当な論戦ではなく、揚げ足を取りだったりするんですね。

今の国会でも揚げ足取りばかり行われています。全然政治家は進化しておりませんね。

そして、大衆に対する甘い迎合によって天皇が神聖なるものと浸透していった。ここに日本の敗戦があった。

その通りですね。

自分は、こういうところはしっかり明確化しておかないといけないと思ったし、学校でもそこのところは、先生によりけりだけど、そのように教えられていたように思う。けど、そこのところを理解していない先生もいたような気もする。

たた天皇機関説は、太字項目で、その語彙を暗記するだけになっていたのも事実で、若い人は、その語彙すら知らない人は多いかも。

簡単なことですよね。天皇は国家機関に一部に過ぎない、そうでないと主張した輩が、あの戦争を引き起こしていったのだと言うことですよね。

戦争末期になっても、国民総玉砕を唱えていた人は、明らかにおかしいですしね。

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NHKスペシャル「アジアの一等国」の波紋について

NHKスペシャル「アジアの一等国」の波紋がじわじわと広がっているみたいです。

自分が危惧したのは、この番組を全否定してしまう態度なんですけど、そういう人は多いみたいです。

日本の植民地統治の暗部ばかり扱った番組なんですが、それも日本の支配という一面であったのは確かなんですよね。

あの番組を全否定しても、半分の真実しか光を当てないことにもなるかも知れないですけどね。

一番悪いのは、番組を見ていないのに全否定してしまう態度ですね。あの番組を見るのは忍耐を強いられるんですが、一般教養として知っておいてもいいと自分は思った。

あの戦争について、何らか語り継がれている者にとっては、そんなに衝撃的な内容でもなかったしね。日本の皇民化政策は、植民地のみならず、日本の内地では、もっと強力に行われていたしね。

確かに、NHKの暗部ばかり放送というのは、やりすぎだとも思った。バランスは欠いていましたね。

NHKは、こういう放送をすれば、どういう反応になるかなんて、ある程度予想はできたのじゃないか。

バランスよく光の面も描ければ、こんな拒絶反応を招くこともなかった。

自分は、日本を内に向けさせようとする意図があると勘ぐります。個人的には、その方向性は賛同なんですけど、それでいいのかとは思います。

ただ、台湾の歴史家が、日本が台湾の自治を認めなかったのが最大の誤りだ。と述べていたところでは、暗にチベットでの自治を認めない中国に対する批判を言っているみたいで、感心はしましたね。

日本の太平洋戦争の戦史とか読んでみると、落ち込むことが多いのも事実なんですね。

インパール作戦、ノモンハン事件、北部ルソン戦、カダルカナル戦。いくらでも頭を抱え込みたくなるものがあります。

自分は、中学時代に戦国時代好きが高じて、いろんな戦記を読みましたが、太平洋戦争のそれは、高揚感よりも、日本とはなんぞや。と悪い頭で考えてしまいました。

日本には、誇る歴史もあるけど、考えなくてはいけない歴史もあります。

輝かしいものは、ほっといてもみんな飛びつきますが、そうでないのは強制されないと知らない。

自分は、NHKスペシャル「アジアの一等国」くらいは、薬と思って消化するくらいの方が、良いのになあと感じているんですけど。どうなんでしょうね。

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俗っぽさと新奇さと高貴

人が、エンターティメントに求めものは。様々ですね。

俗っぽさだけではダメで、新しいだけでもダメ、高貴なのも余り敷居が高いと敬遠される。

人によってその比率が違っているものでもある。その匙加減が重要であると言える。

ライフスタイルが一定であった時代は、どういうものが大衆が欲しているのか予想はし易かったし、前方にはアメリカがあった。何年か遅れて日本で流行することが多かった。

しかし、日本がポップカルチャーの先進をいくようになると、大衆が欲するものが変化したと言えます。そして、世代間での断絶も起きた。

何が流行るのか分からない時代になった。

基本的に、若者の文化は新奇さが溢れてエネルギーも満ちているので、年配者も見たりもする。一方若者は、上の世代に趣向するのは、高貴さのあるものでしょう。今の時代にはない輝きといったものでしょうか。

俗っぽさ、新奇さ、高貴その比率が、世代によってバラバラになった。

エンターティメントの作り手は、狭い階層に向けてか、広く大衆に受けるものを提供するしかできなくなった。

おたく化と、馴染みの定番番組。そういうものしか計算できない時代になった。

自分なんかは、民放のテレビ等が提供するものには、心は離れてしまっています。

自分は、俗っぽいのは嫌なんですよ。輝くいているもの、エネルギーに満ち溢れているものに、いつも触れていたい。そして謎が、そこにあったも欲しい。どうしてそうなんだろう。といつもそう思わして欲しい。格調も維持もして欲しい

すると自分にとっては、読書一番なんですね。自分のペースで読めるし、奇想もある。

多分というか、おそらくテレビがデジタルになろうかどうかなんて、自分には重要ではなくなっているんですね。

そういう考えの人が、世には多くなっているのではなか。大組織でお茶の間を独占して、甚大な権力を持ってきたテレビというものは、どんどん衰退していかざる得ない組織なんでしょう。

これからは、いかに上手く撤退していくかが、テレビ局のテーマになるのじゃないでしょうか。

テレビ局は、5年は大丈夫でしょう。10年もなんとかなるかも。でも20年後は、どうなのかな。

今から10年から20年くらいの間に、無くなってしまうのではないかと自分は予想しますけど、どうなんでしょうね。

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