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朝青龍処分について再び

朝青龍問題は、ここにきて精神科の医者の治療も必要なのではないかというような変な方向へ、話が展開しているね。
簡単にモンゴルに帰したら、反省にならないので、ここはポーズだけでも神妙にして欲しいというのが相撲協会なんだろうけど、朝青龍は、日本的な方苦しい儀礼的な世界には、疲れて我慢できないということなんだろう。

この問題は、伝統文化を継承しているという側面が相撲にはあるのだから、我慢して精進せよ。
というように考える人が年配層に多いみたいだ。

だが、自分はそういう考えには組みしないわね。

外国人力士に門戸を開いて、グローバルに展開しようとしてきた矛盾が顕在化しているだけで、これからも我慢、精進というもので対応はできなくなっていくだろう。
前に記事に書いたが、朝青龍より、引退後無様な姿を晒す曙の方が、横綱の品格を著しく傷つけているが、曙に対し何らかの処分を課すことは、協会はできない。
つまり相撲協会が、引退後の曙の面倒を見ることができないから仕方ないからだ。

理想と現実にギャップがある段階で、取り敢えず影響力を及ぼすことができる現役力士に厳しく処分しても、その力士たちが、これから引退後、どういう行動を取っていくのかを想像すると、品格にそった行動をとってくれるよう期待するだけに「なるのでは、
これから格闘技の世界等で元力士が増えていくだろう。
そして多くの力士が無様な姿を晒していくだろう。

せめて現役の間だけでも、品格をもって行動するべきだ
ということを言っているだけだわね。

多くの力士は中学卒業後、角界に入るが、そこで成功するのは一部。
ましてや外国人で、己の見一つでやってくる若者の、精神的なストレスは、ほとんどの人が考える以上のものがある。
現代日本社会の中の残った封建社会なのだか、そのあり方は、やはり維持していくのか困難なのでは、
良いところも多いが、悪いところも多く。
維持していくのが難しいのでは

自分は日本人だけで、地味に縮小していく方向で、伝統文化として維持していく方が、良いと思う。
グローバル化して、その若者たちを日本社会に馴染ませようとしても、無理がある。
外国人の方が基本的な体格、運動能力が優れているのだから、安易に門戸を開いても、上位力士が外国人に占められ、行き場のない鬱屈感が溜まるだけだからね。

そういった根本的なあり方の討議をしなくては、この種の問題はなくならないわね。
綺麗事ばかりでは、解決はできないわね

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