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朝鮮日報の萌え文化についての記事について

朝鮮日報の記事で面白いものがあったので少し、自分の思ったことを書いてます。
記事は、長文なので(http://www.chosunonline.com/app/ArticleView.do?id=20070402000035)とアドレスだけ、記しておきます。

日本の萌え文化について、韓国の記者が書いているもので、外人が書いているものなので、日本大手マスコミが萌え、おたくについて思っていることよりも、直接的に書いており、分かり易かったね。

おそらく、日本の大手マスコミの記者も、内心はおたく、萌えという文化を馬鹿にしているので、考えていることは、似ていると思われるわね。なので、こうもあからさまま捉え方は、かえってインテリの考えが分かって面白いと自分は思ったね。

ただ、韓国人は日本の失われた10年に日本サブカルチャーに無関心だったというのは、明らかに事実誤認で、ネットとか日常生活に余りにも、日本文化が入り込んでいて腑分けがもうできないから、無関心というのとは違っていると思うね。

日本の記者が書くサブカルチャー論も、この韓国人が書くものと本質的に似通ったものになってしまっている原因は、自分が考えるのは、おたく文化に嵌っていないからというものだけど、どうだろう。

文化というものは、それを愛好し、そこに耽溺すること。つまり内部に入り込まないと本当のところは分からない。
もちろん知的な理解。つまり頭で理解するというのは、可能だけど、どこが取って付けたようなものになってしまう。

それは、この記事の中の「オタク-秋葉原-萌え」を結ぶ文化については、5、6年前までも否定的な見方が大半を占めていた。というような文面からも分かるように、その文化を上位にあるもの、下位にあるもの、というものに分け、ある時期から否定的な論調が変わったなどと書いているところからも分かるわね。

おたく文化に否定的な人は、今でも否定的で、村上隆を胡散臭いと思っているのは、日本の美術界では今でも主流だしね。

韓国の記者が、どこか、おたく文化を馬鹿にしているように書いているが、日本の記者が書いても、同じようなものになると思うわね。

つまり理解できていないからだ。
では、誰が理解しているかといえば、自分も含めてよく分からない。というのが、この文化というものではないか。

何が好きか、どういうものに共感を覚えるのかというのは、その世代世代では、相違しており、究極的には理解できないと知ることが必要なのではないかな。

若者に萌えについて、いくら説明してもらっても、年寄りの理解は、頭での理解しかできないだろう。
そういうようなものでしか理解できないと考えるのが、正しい態度だと思うわね。

世代での理解、性差での理解、その民族での理解、その地域での理解、
様々な理解があり、その理解というもの差が、現代では大きくなっている。

そういう大きな理解の差があっても、取り敢えず分かりやすい言葉で、橋渡ししてくれるものとして、萌えという言葉が使われているに過ぎないと自分などは思うんだよね。

文化というものは、好きな人が、そして才能のある人が勝手に、その妄想の翼を広げさせて、自由にやらせることが一番なので、この記者が書いている。ところでこうした一見幼稚な感覚が世界的な美術作品に変身する上で、日本政府は何の寄与もしていない
という一文は、間違いだと思うね、日本政府はしたくても出来なかったというのが、正しい理解なのではないのかな。

ここも、文化というものは、上から強制的に押し付けるべきだと考える韓国人の考えが出て面白いところだね。

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