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病院で週刊文春、新潮を読んで感じたこと

この前、親を病院に連れて行った。
そこで2時間くらい待ち時間があり手持ちの本を読んでいたのだが、ふと前を見ると文春、新潮が置いてあった。
ぱらぱらと手に取り読んでみた。

昔自分は文春を毎週買っていて、気に入った記事、連載を切り抜きファイリングしていた。
マンガ批評をしていた藤本由香里さんの記事は、特に珍重した。
藤本さんの薦めたマンガを買って、外れたことは無かった気がする。
(藤本さんのおかげで少女マンガへの洞察が少しできたのかも)
他、最近亡くなった米原万里の記事も好きだった。
映画の批評もバランスが取れていたような気がした。

新潮も偶に買っていた
こちらは、島野功緒さんの芸能記事を楽しく読んだ
旧世代の人の昨今のテレビの見方が、小林信彦さんとは少し違っているけど、鋭いところもあったので興味深く思った

まあ、いろいろ読み所があった

でも3年くらい前から、インターネットで配信される記事を読むようになると、それらの週刊誌は買わなくなったし、興味もなくなった。

なんでなのかな
とつらつら病院で読みながら考えてみると

簡単に結論を言ってしまえば
時代遅れになっているからということなのかな

売れなくては本を出し続けることは出来ないから、一般的なこの週刊誌が読む人たちが興味を持ちそうな記事を配信していかなくてはいけないのだろうけど、
この一般的な人たち、文春や新潮をよく読む層というが少なくなっているような気がする。

彼らが読みたいというが、
近年の社会階層化、趣味の多様化、理想とするライフスタイルの変貌
などによって、掴まえにくくなっているのではないのかな

どうしても中途半端になってしまうのだわね
今の人たち受けはしてないような気がした。

それに個人的な意見も付け加えると
人生も半ばを過ぎるころになると、
なんでも反対、奇抜な意見。
というのは首肯できなくなりつつあるのだ

ここはいいが、ここはおかしいというようにね
他人がこうであっても、自分はこうなのでは
とか玉虫色の結論のほうがしっくりいくことが多い。

それにいろんな意見を幅広く聞きたい気もするのだ

そのような意味では、インターネットは時代に即応しているなあ

なんて考えたのだけど
どうだろうね

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