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焼酎についてを考える

先日買ってきた、20年前に発行されたバッカーズ・コレクター編の焼酎編を読んでいると、いろいろ思うような所があったね。
特に、ウィスキー編と比較すると、日本の酒文化の特徴なんかも出てきて興味深いね。

どこが違うかと言えば、ラベルのデザインを変更している会社が多いところだね。
たかが、20年前なのになんでこんなに意匠が変わるのだろう。
こんなものブランドなんだから、頻繁に変えるというのはマイナスなのではないのかな

気分一新、一念発起。
そういった意味合いも理解できるけど、多くの会社がそういった変更を行っているということは、ある種の日本人の軽薄さをも表しているのではないのかな

五大焼酎会社と言われる、生産量の多い、三和酒類(いいちこなどを生産)、二階堂酒造、霧島酒造、雲海酒造、薩摩酒造(白波を生産)などの代表的な焼酎の意匠はほとんど変わっていない。
これらの会社は変わらねばならないところと、変わってはいけないところを分かっていると思う。
20年前もそうあったように、20年後もそうあり続けるだろうとは、確信を持って言えると思う。

焼酎は庶民の酒なんだから、頻繁に新製品出したり、高価な製品を出していても行き詰まるのではないのかな
安価で安定した、庶民の手に出しやすい値段で出し続ける。

こういったところが一番重要なことなんだと思うね。

はっと驚くようなおいしい焼酎を偶に飲むというのも、いいことだとは思うけど、
一升が何万もするようなものが、クラブで消費されるあり方は間違いだ。
介在するブローカーが値段を吊り上げているのだろうけど、
害悪でしかないと思う。

いつでも安価で手に入るようなあり方をとっている方が、末永く続けることができるのではないのかな

それともう一つ勘違いについても書いておこう。
それは、焼酎は蒸留酒であること。

蒸留酒は、日本酒やワインなどの醸造酒などと違って、その年その年で出来が違ってしまったら困るものなのだ。
大事なのは、味の安定。
同じ味を維持することが重要なことなのだ。

もちろん蒸留したものには、味のばらつきは出てくる、だから出来の良いのと悪いのを交ぜ、決められた味にすることが重要になるのだね。
これなんかは、ウィズキーのブレンダーが重要なのと同じだね。

酒やワインが天の恵みにより、その年その年により微妙に味わいが変わるのを楽しむものなのに対して、焼酎やウィスキーは決められた味を楽しむものなのだ。

そのことを勘違いしている人が多いような気がするし、大手の酒類会社はわざとその辺のことを誤解させるような広告、宣伝を行っているような気がする
こんなところもおかしいところだね


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