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竈の中の顔

竈の中の顔  田中貢太郎(1880-1941)

相場三左右衛門はある温泉宿に逗留していた。暇つぶしにその温泉宿の主人と碁を毎日打っていたが、相手が弱すぎて余り楽しめなかった。そこに旅の僧侶が、主人と碁を打っている中に見にやってきた。 三左右衛門が試しにその僧侶と碁を打ってみると、実力伯仲で大変楽しむことができた。そこで、毎日その僧侶と碁を打って楽しんだ。ある時僧侶がその宿に来なかったので、三左右衛門は、その僧侶の住んでいるという山に行ってみた。はたして山小屋がありそこにあの僧侶がいた。三左右衛門がその山小屋に行ってみると、あの僧侶は険しい顔をしていたが、茶を湧かすので、山の木を切ってくるといい、ちょっと待ってくれと言った。三左右衛門は仏壇にお布施を供えようとして、その仏壇のところで行くと、奥に生首があった。僧侶が帰ってくると、そこそこにして温泉宿に帰り、その宿を引き払い国に帰った。国に帰る途中、従者が迎えに来ていた。僧侶が三左右衛門が帰って来るから、迎えにいくがよいと言われたと言った。家にもどると、可愛がっていたいあた子供の首が無くなっていた。

恐怖度チェック

怖いと言えば怖いが、現代的な怖さじゃないのではないかな。4くらいにしておこう

生首を集めている僧の姿を借りた化け者の話なんだろうね。

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受信: 2006年4月 1日 (土) 20時10分

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