« 今日のかにしゃぼてん | トップページ | 激しいスティラーズ »

信頼と勇気

骨董、絵画などのものは、庶民が生きていくうちで必要かと問えば、まあほとんどの人はそんなんで腹は膨れへんがなどと答えると思うねえ。

今日、吉田屋のことを書いたけど、それに対し少し違った答えができるかも知れない。この九谷焼きの絵付けをしていた鍋屋丈助は勇気があると思うからだ

、伝統のある家元などの現当主などは、自分たちの祖先の模倣をすることで、家を守っているのがほとんどで、その創作物は、一ブランドとして金持ち、名士たちに尊重されても、庶民の心を打つものはないねえ、それは決定的に勇気がないからだと思う。

勇気というのは、広義な言葉でいろいろな意味でとることができるけど、伝統的な構図に自由に絵を書くのは、度胸がなくてはできないことで、もちろんそれが、祖先の作品と較べても遜色のないものを作るのは尋常じゃできないだろうね。簡単な道があっても険しい道を選べるのは勇気のある人しかできないことだと思う

その勇気は、庶民が生きていくのにも勇気を与えるのでは、自分の生まれる前に死んでしまった爺さんの、いつも言っていたことは、生きていくのに必要なものは、信頼と勇気だといつも言っていたらしい、明治生まれで、戦前、戦後大阪で焼け跡の荒廃の中を生き抜いた庶民で学はなかったけど、そんなことを金貨玉状としていたらしい。そんななかでもいろいろな小物を買ったり、文楽などに言って生活を楽しんでいたらしい。そんな人に勇気のない作品は心に響かないだろうねえ

ヴィトンでも村上隆に自由にバックを作らせるのは、勇気のある行動だと思うねえ。

勇気ということで少し書いたけど、このことで、そのうちマンガのネギまについても書いてみたいねえ、このマンガは少しの勇気がモチーフとして語られているからねえ。

|

« 今日のかにしゃぼてん | トップページ | 激しいスティラーズ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/3948/408279

この記事へのトラックバック一覧です: 信頼と勇気:

« 今日のかにしゃぼてん | トップページ | 激しいスティラーズ »