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新日曜美術館を見て 

朝、新日曜美術館で須田国太郎のことをしていた。須田画伯といえば、街道をゆくの挿し絵を描いていて、本人も司馬遼太郎と共に旅していた人と記憶していた。

その人が、帝大を出て若いときスペインに行って、一生真摯に絵を追求した人だったというのが分かった。

しかし、その絵は、自分には、余り好きにならないねえ、凡人が努力してついにここまで来たと言うような気がする、努力は大切だけど、美術史家の方が向いていたような

画家は、天才がなるもので、やはり凡人が努力してなんとかなるものではないのでは、司馬さんも持ち上げてたが、その絵を欧米他外国に持って行っても評価外で、日本人のその絵が好きな人が大切にしていけばいいといった種類の絵だと思う

画家は、本能的、感覚的に時代に先取りして、描ける人たちで、その絵の価値の評価は、美術史家、評論家、パトロン、愛好家たちがすることで、本人がスペインの巨匠の絵を見て、日本の黒がどうかとか言っているのは、感覚的に美術史家だと思う。

絵を描くという行為は、世界中のどの民族でもやっていることだし、その民族の枠を越えて、世界中で認められるのは、やはり普通では無理、そんな不可能的な出来事を感じとれるのが、世界の名画、それを描いた巨匠といったところか、残念だけど、ゴヤに感動し、インスパイヤーされたのなら、須田画伯の絵を見るより先にゴヤの絵を見た方が、感動は多いと思う。

絵を描くという行為は、誰でもできるけど、それを正しく鑑賞され、自分が思ったように評価されるのは、難しいことだと思う

司馬さんは、近くにいたから、その人の真摯な絵に対する態度に感銘を受けたと思うけど、努力、姿勢以外に誰をも引きつける謎というものは考えなかったのでは、

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